安心できる日本街に― 日系警官に二代目三代目が活躍

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(写真:ユカ・ナガミネさん右とパートナーのS.FULGADOさんピースプラザで)

今年上半期、サンフランシスコ・ジャパンタウンでの、車上狙い、万引きなどの被害報告が増えていた。この状況に即、対応した日本町タスクホース、日本町商店会、ほか日系の各組織は、所轄のサンフランシスコ警察と緊急会議を開催した。以降適宜、署長および担当者等を招いてミーティングを継続して行い、またポスター、サインによる防止の呼びかけ、チームによるパトロール、パトロールカーの駐車、夜の電光サインによる注意を実施した。各店舗の自覚なども求めた結果、現在その効果をあげている。

予防活動の一環として、警官のパトロールは、特に効果をあげているがそのチームにユカ・ナガミネさんという女性がいる。彼女の父は元ジャパンセンター内で日本食レストランを永年経営、地元でも多くの顧客で人気だった店の娘さんで、日本町は幼いころから知人も多い場所でもある。

彼女は両親から日本語を学び、日米の文化背景についても好きで、造詣が深いが、カレッジが終わる頃、自分の針路を考えていたとき、知人の薦めもあって興味を持ち2004年ごろFBIに入った。そこでは日英両語使用が役立つ関連事件、事故業務も含めた仕事をしてきたが、その後サンフランシスコ市警に努めることになった。

市警ではポリス・アカデミーで警官として8ヶ月の厳しい訓練を受けて勤務についた。当時サンフランシスコ警察では、日本町を担当していた日系の警察官も複数活躍していたが、世代の交代でだんだん少なくなり2014年ころからほとんど姿を見られなくなっていた。この話が話題になった時、ユカさんが冗談に日本町は遊び場だったし、状況は良く知っており、あの街は好きだと話していたことから、担当に決定されてしまったらしい。署としては日英両語も可能なことから、車上狙いの増加傾向にあった日本町担当に適任と言う事になったらしい。ユカさんの幼い頃、日本街には日本の運営を参考にした「交番」が当時の市長の発案でポストとブキャナン通りに出来たことも覚えているという。

この街の各店も古い店では彼女の子供のころも良く知っているし、街の地理にも詳しい。日本人も多いし最適といったところだろう。現在ほとんど毎日くらい姿を見せてくれるのが心強いし、確かに犯罪も減少しているのが利用者も各店舗にも有り難いことである。


それは38年前でした
シスコのジャパンタウン
こんな事もありました
1977年月刊もん から