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26年前 ベイエリア大地震は

「月刊もん」1989年11月号から (1)

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最近、地震情報が頻繁に流れており、日本、世界各地からの情報も多い。サンフランシスコ・ベイエリアに住む人にとっては、26年前に起きたこのロマプリータ地震は、いろいろな教訓を残してくれているが、今でも、かけ声だけでなく準備は整っているだろうか。ロマプリータ地震を体験していない、新しく当地にこられている方たちのためにも、当時の日本語月刊情報誌の取材記事を紹介してみよう。
 
米国史上2番目の大震災
10月17日(火)米大リーグのワールドシリーズ第3戦が、キャンドルスティック球場でまさしく開催される直前、世界中がテレビで見守っていた午後5時4分、マグニチュード7.1のサンフランシスコ・ベイエリアを襲った。ロマプリータと名付けられたこの地震(震源地近くのロマプリータ展望台にちなむ)は、サンタクルーズの北東約6キロのサンアンドレアス断層を震源地として約15秒間も揺れ続け、1906年のサンフランシスコ大震災(マグニチュードM8.3 / 死者700人)に次ぐ史上2番目の震災となった。
 
ベイエリア各地で大きな被害が
この地震による被害でもっとも大きかったのが、オークランドのフリーウエイ880号線サイプレス・オーバーパスの崩壊で南行き上層部分が約1マイル半に亘って陥没、下の北行き部分を走行中の車、数百台が下敷きになった。死者38人(25日現在)と多くの負傷者を出した。このうち21日には現場のつぶれた車の中から男性(57)が地震発生から90時間後に奇跡的に救出された。又ベイブリッジでは上下路線上の部分西行きの橋梁が陥没死者1名をだした。
サンフランシスコのマリーナ地区では、地震発生直後の火災により7家屋を焼失した他、同地区は元々埋め立て地で地盤がゆるかったために、60家屋が倒壊、その他多くの家屋が危険な状態ということで、出入り禁止となり、避難を強いられた。
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震源地付近サンタクルーズでは
サンタクルーズ郡では市内ダウンタウンで60%のビルが倒壊したのをはじめ、郡全体で約250家屋が倒壊、火災60件、約400人余りが家を失った。
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発生はこのようにして
この地震の原因似ついて新聞では次のように説明している。地質学的には震源地のサンアンドレアス断層はサンフランシスコ北部からメキシコ国境付近までカリフォルニア州を南北に約1000キロにわたって縦断しているが、この断層面の両側、つまり東西の地盤は断層面を境にそれぞれ南北逆方向に、人間の爪が伸びるくらいの早さで常に移動を続けている。しかし断層面の岩盤は滑らかではないため長年の内に断層面には余分なエネルギー “ひずみ”が蓄積される。そしてある時、何かの拍子にそのひずみが解放され断層面に沿って両側の地盤が動く時、地震が生じる。
 
今後また大地震の可能性は?
メンロパークにある米地質調査所(USGA)西部事務所地震学室が発表した今後30年以内にカリフォルニア州で起こる地震の予測によると、1)サンフランシスコ・ベイエリアでM7の発生確立50%、2)南部ロサンゼルス付近で7.5%〜8が60%、3)最南部サンバーナディーノ付近M6.5〜7が50%などで、巨大地震の可能性が最も高いのはロサンゼルス北東部のモハービ砂漠にあるもハービ断層で、300年以上も地震の記録ガ無く、大地震のエネルギーが蓄積されているとみている。
 
この震災に日系企業、団体から義援金がサンフランシスコ総領事館等を通じて日系の団体、企業、民間団体、個人など義援金の申し入れが10月27日現在で、700万ドルにおよんでいる。企業も10万ドル、50万、100万ドル単位が赤十字社、ユナイテッドウエイなどを通じて寄付されている.その他企業からはそれぞれ、発電機、移動電話、食料品などかなりの数量も寄付されている。(月刊もん—1989年11月号より)
  
地震 - 2

地震 - 1

地震 - 3

Photo:月刊もん/協力・荒井一悦
  


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